第2章 集落存続に向けて、村が動いた

 

集会所の改修

 

 中越大震災で壊れてしまった神社の鳥居を修復するにあたって、村人たちは集落出身者の人たちに寄付を募りました。これが思いのほか寄付金が集まり、また中越大震災復興基金の助成も得て無事神社の鳥居は修復されました。2007年の夏に鎮守様の竣工式が行われたのですが、その流れで池谷集会所改修の話が進められることになりました。

 お米の倉庫を改修して作られた池谷集会所は、中越大震災の際に建物が痛み、2007年7月16日に起きた中越沖地震(注1)ではついに赤紙が貼られ、危険家屋に分類されてしまいました。村人が集まる大事な場所ですので、改修は急を要しました。

 集会所の改修工事には総額約1600万円がかかるという見積もりが出ました。約1000万円は復興基金を活用することで賄えたのですが、残り約600万円は集落での負担が必要でした。6世帯しかない集落に、600万円もの負担はとても難しいことで、村人が集まって相談を重ねても妙案は出ませんでした。考えあぐねた結果、大塚商会の創業者である大塚実会長に援助のお願いをしてみようということになりました。大塚会長とは、米の直販を支援してくれた大塚商会のHさんの計らいで面識があり、「困ったことがあったら相談に来なさい」と言われていました。そこで、大塚会長へのお手紙を送るため、山本さんと今村さんが文面を考え、達筆の曽根武さんが清書することになりました。

 武さんはこの手紙を、3日3晩かけてようやく書き上げました。手紙を書いている途中にペンをなめなめ書いていたので、便箋が真っ黒になってしまい、奥さんのイミ子さんに「失礼だから汚さないで」と言われるなど、慣れない手紙を書くのには苦労がありました。

 そんなこんなで手紙と一緒にお米をつけて大塚会長に送ったところ、「こんなおいしいお米を作る集落をなくしてはならない」と言って、何と500万円もの寄付を個人的にして下さいました。残りの足りない100万円は中山間地直接支払制度(注2)の予算を活用することで、無事工事費用を賄うことができました。

 後になって大塚会長は武さんに「汚れた手紙に感動した」とおっしゃいました。イミ子さんは「今になって思えば、汚れた手紙だったことで熱意が伝わったのだ」と感じたそうです。この池谷集会所は大塚会長のお名前の「実」を頂き、「実るいけだん」と命名されました。(池谷集落を地域の人は、昔から「いけだん」と呼んでいました。)看板の「実るいけだん」の文字は、ご本人直々に書いていただきました。改修にあたっては、中越復興市民会議の長崎さんのリードで、構造や使い方について何度も集まり議論を深めました。

 2007年12月、集会所が新たに改修し終わると、竣工式が行われました。この竣工式には大塚会長や十日町市長も招待され、盛大に行われました。改修された集会所は、1階は精米所として(2章3節参照)、2階は集落の寄合や交流イベントなどで集落の人たちと参加者との交流会に活用されています。

 

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改修された集会所の前で、大塚会長(写真中央)と池谷集落の村人ら

*注1

 新潟県上中越沖を震源とした地震。十日町市では、震度5強を観測。

*注2

 農業生産条件が不利な状況にある中山間地域等における農業生産の維持を図りながら、多面的機能を確保するために平成12年度から導入された制度。

 

 

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